カチ、コチ、カチ、コチ。
音がする。
あぁ、もうすぐだ・・・。
「うちら、もう若くないしさ」
ビール片手に、急に園子が切り出した。
「“賞味期限”が近いと思わない?」
「賞味期限?」
失礼な表現だと思ったのに、
口に出してみると、驚くほどしっくり来た。
「そう、賞味期限。
食べてもお腹は壊さないけど、好んで食べ
られもしないじゃん?」
「痛いこと言うなぁ~・・・
でも、分かっちゃうのがツライ」
「でしょ?だから、いかに賞味期限を伸ばす
かだと思うわけ。」
「例えば?」
「んー、化粧は差し詰め、保存料かな!」
「じゃあ、ネイルは添加物?」
自分で言いながら、笑ってしまう。
園子も吹き出して笑った。
いつから私たちは、こんな話で笑い合うくらい、若さを失ったんだろう。
朝、ブラジャーを着けながら、
ふと、姿見に映った自分を見る。
毎日の習慣。
私は賞味期限を確認する。
でも、本当は怖い。
日に日に若さを失っていく姿を見るのが。
高校生の頃は、そんなこと思いもしなかったのに。
あの頃は皆、自分の美しさを確認するかのように、毎日、四六時中、鏡を見ていた。
それが今では、トイレの鏡さえ怖い。
現実を突きつけられているようで。
それでも鏡を見続けるのは、
まだ期待しているからなんだろうか。
何を期待しているかは、イマイチ分からないけども。
「谷口せんぱぁい、今日、クラブ行きません
かぁ?」
桐谷の誘いに乗ったのは、単に暇だったから。
それ以上でも以下でもなかった。
いや、うそ。
本当は、出会いを期待していた。
何ども失敗してきた私だから、今度こそ。
・・・それなのに。
「ねぇ、君、可愛いね!飲み足りてる?」
振り返れば、自分より若そうな2人組。
ほら、私だってまだイケる。
「え、ありがとう」
「あー、ごめん、もう1人の方だよ」
恥ずかしすぎて、一瞬で真っ赤になった。
ガンガン鳴り響くEDMも、今はただのノイズでしかない。
桐谷の申し訳なさそうな視線が刺さる。
「ごめん、ちょっとお手洗い!」
その場から足早に逃げ出した。
その後のことは、あんまり覚えていない。
多分、そのまま、場違いなクラブを抜け出して、置き去りにした桐谷にラインをした。
最低だな、私。でも、いいの。
誰もいない夜の公園は静かだった。
でも、あの人熱の中にいても、私は1人。
孤独、焦り、悲しみ。
ばっかみたい。
でも、それが真実。
誰に抱かれていたって、
冷え切った身体は温まらない。
それでも求めるのは、SEXが私にとっての自傷行為だから。
賞味期限を忘れさせる、
でも、より思い知らされる行為だから。
誰かに傷つけて欲しい。
心の痛みは、今を生きている証だから。
それなのに、もう私は誰からも求められないの?
じゃあ、誰が私が美しいと、生きていると、証明してくれるの?
雨が降る。真夜中の公園に。
あぁ、冷たい。でも、夏の雨は温かい。
ヒールを脱いで、電灯の灯りと濡れた芝生をステージに、私はステップを踏んだ。
泣きながら、踊り出す。
思いっきり、生きていることを試すように。
カチ、コチ、カチ、コチ。
あぁ、またこの音だ。
やめて、まだ、必要とされていたいの。
もう少しだけ、あと少しだけ。
まだ逝かないで、我らの夏よ。
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